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渋谷慶一郎『ATAK019 Soundtrack for Children who won't die, Shusaku Arakawa』

カテゴリ
o-cha-no-ma LONG REVIEW
公開
2013/10/29   10:00
ソース
intoxicate vol.106(2013年10月10日発行号)
テキスト
text : 畠中実


死なないための音響的身体への序章

渋谷慶一郎_J

本作は映画『死なない子供』(監督:山岡信貴)のためのサウンドトラックとして制作されたものでありながら、映画から二年をかけてそれを1枚のアルバムとして再構成したオリジナル作品と言ってもいいだろう。それは、たとえば映画との関係を抜きにしたとしても、映画本編とパラレルに存在するもうひとつの映画として、アーティスト(コーデノロジスト)荒川修作像を描き出す音楽作品として成立するものになっている。

荒川修作と三鷹天命反転住宅のドキュメンタリーとしての映画と、同様に荒川修作とマドリン・ギンズを音像化した独立した音響作品としてのCD。そこには荒川とギンズというふたりの人物が反響している。

印象的なピアノによるテーマ、さまざまなプロセッシングを施されたピアノの音響、マドリン・ギンズによる語り、物質感と存在感の際立つ電子音響、といったさまざま要素によって構成された楽曲。それはさらに、音響の肌理、精緻に重ね合わされた音のレイヤーおよび音像定位操作といった音響的要素によって、その複雑なディティールをもつテクスチャーに耳をとらえられていく。それは、荒川とギンズが提唱する、人間のこれまでの慣習的な身体感覚の一切をひっくり返すような空間を作ることで、身体感覚をアップデイトし、人間の潜在的な可能性を呼び覚ますことで宿命を反転できるものとし「死なない」ことを実現しようする「建築的身体」のコンセプトとオーヴァーラップして聴こえてくる。

人間を宿命にしばりつけるものとしての固定観念を打ち破り、新たな感覚をゼロから構築し直すこと。それを「音響的身体」による感覚の更新として実現することは可能だろうか。ヘレン・ケラーのように、言葉と物と意味、そしてその触覚が連結した瞬間の体験と同じような、音楽を経験したことのない耳が初めて音楽を聴いた時の感覚はもう取り戻すことができないのだろうか。それをもういちど感覚しうるような新たな体験は可能だろうか。