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インタビュー

島崎ひとみ 『口づけ』『SINGS UK CLASSICS』

 

いつまでも子供でいたい女子と男子の時間はおしまい。クールで温かく、はかなくも切ない大人の情緒を描き出す声と言葉のハーモニー……私はこんな大人になりたい。

 

 

それは言わば時間をスロウダウンさせる声。生音の控え目なサウンドに優しく縁取られ、どこまでもナチュラルで、強く主張しているようには感じないのに、周囲の空気の色をふわりと塗り替えてしまう。テンポも終始、心地良いミッドテンポを維持。4つ打ちエレクトロに乗った濃い口のガール・ヴォーカルに慣れてしまった耳には、トレンドから限りなく遠く離れたタイムレスな歌心が逆に鮮烈だ。その声の持ち主は、『口づけ』と題されたアルバムでデビューを果たす島崎ひとみ。本人もやっぱり、彼女の周囲だけ時間がゆっくり流れているかのような佇まいが印象的だ。歌い手としてはニューカマーだが、名前に聞き覚えがあるな……と思ったなら、それも当然。かつて女優としてTVドラマの世界で活躍していた女性である。実はもともと音楽の道を志して音楽大学に進んだそうで、ふとしたきっかけから役者業に飛び込んだものの、音楽への想いは消えずに心にあったという。

「それで、曲のアイデアやフレーズを書き留めたりということはずっと続けていました。ありがたいことに女優のお仕事をどんどん頂いていたんですけど、そのうちに“演じる”ということを自分が完全に理解しきれていないんじゃないかと感じるようになったんですよね」。

そんな折に、共通の知り合いを介して親しくなったプロデューサーの井出靖に、書き下ろし曲のひとつ“口づけ”を聴かせたことが、本格的にシンガー・ソングライター活動を始めるきっかけとなった。それがピアノと歌だけでアナログテープ(!)に録音した音源だったという話も彼女らしいが、ラヴァーズ・ロック的なアレンジを与えられた“口づけ”はシングル・リリースされて大好評を博し、この曲を核にアルバム制作に着手することになる。ひとつずつ時間をかけて曲を書き上げ、井出はそれを受け取ってサウンドの方向付けをし、ミュージシャンたちをキャティング。KENJI SUZUKIや屋敷豪太をはじめとするスゴ腕プレイヤーたちは、前述した通りあえて抑えた演奏で、シンプルなメロディーと「そのメロディーが持つ響きと自分のなかに浮かんだ色合いに準じて」はめこまれた言葉に、たっぷり含みを与えている。

「ソングライターとしての私は、まったく自分のなかにないものは曲には表れませんが、自分の主張を前面に押し出すことはしません。むしろ、自分をまっさらな状態にしておくんです。そうすると自然に曲が降りてきて、それを形にする媒介者のようなイメージ。〈アンテナ〉とも呼べるのかもしれませんね」。

こうして生まれた9つの書き下ろし曲は、どれも切ない別れの情景を女性の視点から描いており、まだ寒い冬が舞台の“春待風”に始まって、春の到来を知らせる“木漏れ日”に至り、さらに荒井由実の“海を見ていた午後”を一種の〈あとがき〉のようにラストに配置。少し時間を置いた夏に、その別れを振り返っている。そんなさりげない物語性を踏まえると、3月にリリースを迎えたことは実にタイムリーと言えるだろう。

またタイムリーといえば、4月末には『口づけ』と同時にレコーディングを進めていたというカヴァー集『SINGS UK CLASSICS』もお目見えする。同じく井出の監修の下に、80~90年代初めの英国発のポスト・パンクやネオアコ、アシッド・ジャズの名曲を彼女が再解釈したもので、「生き方も音楽も大好き」だというシャーデーの“Love Is Stronger Than Pride”からパブリック・イメージ・リミテッドの“This Is Not A Love Song”までジャンルはさまざま。でもレゲエやボサノヴァの緩やかなグルーヴ感を『口づけ』と共有しており、コンパニオン・アルバムと位置付けていいのだろう。まるで歌い慣れているみたいなハマリ具合で、自身の曲にしろ他者の曲にしろナチュラルなアプローチを変えておらず、それがこの女性ならではの主張の仕方なのかもしれない。聞けば、表現者として女優時代に得た教訓として彼女は、「力まないこと」を挙げる。

「女優をやっていた時はいろんなところに力が入っていて、そのせいでうまくいかないことが多かった気がするんです。いまは活動のペースを緩めて、そのペースに周囲の人たちも合わせていっしょにゆっくり音楽を作ってくださっている。私はそのほうが何かとうまくいくタイプみたいですね(笑)」。

 

▼『口づけ』に参加したアーティストの作品を一部紹介。

左から、石井マサユキを擁するTICAの2009年作『Johnny Cliche』(TARTOWN/Grand Gallery)、ナカムラヒロシの率いるSotte Bosseの2010年作『You are mine』(bloom)、Sakura & Co.の2010年作『Peace & Love』(Grand Gallery)、NANASEの2010年作『PIANO MEETS HIPHOP』(Grand Gallery/ユニバーサル)

 

▼島崎ひとみがカヴァーした楽曲のオリジナルを含む作品を一部紹介。

左から、荒井由実の74年作『MISSLIM』(EMI Music Japan)、シャーデーの88年作『Stronger Than Pride』(Epic)、パブリック・イメージ・リミテッドの84年作『This Is What You Want...This Is What You Get』(Virgin)

カテゴリ : インタビューファイル

掲載: 2011年05月12日 17:16

更新: 2011年05月12日 17:16

ソース: bounce 330号 (2011年3月25日発行)

インタヴュー・文/新谷洋子